HBOのドキュメンタリー「Money Electric」がビットコインの生みの親はピーター・トッドだと主張し話題に=ロイター
主張は事実ではないものの一見の価値あり
2009年初頭、サトシ・ナカモトはビットコインを世に送り出した。 それ以来、彼の創造物は銀行や政府に対する世界的な反乱を引き起こし、その価値は1兆ドルをはるかに超え、テスラとJPモルガンの時価総額を合わせた額に匹敵するほどにまで高騰した。
サトシはまた、謎も残した。 インターネットの霧の中に消えたこの謎の人物とは誰なのか? そして、彼の莫大なビットコインの財産は今どうなっているのか?サトシの探索は、すでに10年以上も続いている。
その間、2014年に「ニューズウィーク」が米ロサンゼルスにサトシが隠れていると主張した悪名高い表紙記事を掲載するなど、見当違いの報道もあった。
これは誤報で、「ニューズウィーク」が見つけたのは、たまたま苗字が「ナカモト」というだけの何ら関係のない初老の男性だった。しかし、このことはビットコインの伝説の1つとなった。
また、この出来事は思い込みの危険性を示す典型的な例ともなった。
そして、カレン・ホバック(Cullen Hoback)氏が制作した新しいドキュメンタリー作品「Money Electric: The Bitcoin Mystery」が、サトシ・ナカモトの正体を明らかにするとしている。
同作は、2021年にホバック氏の「Q: Into the Story」を公開した米ケーブルテレビネットワークHBOで、太平洋時間の10月8日午後9時に初公開された。
「Q: Into the Story」は、Qアノン陰謀説に迫った作品で、陰謀を企てた人物を信憑性をもって指摘したもの。ホバック氏は確固たる自信を貫いており(『Money Electric』の予告編では『インターネット最大の謎』が解き明かされると宣言している)、総じて、彼のドキュメンタリーは優れた作品である。
また「Money Electric」は、他の暗号資産映画のほとんどが陥りがちな落とし穴を避けている。
同作は、トークンを宣伝しようとするファンによる作品ではない。また、暗号資産業界を理解しようとせずに、それをけなしたり嘲笑したりするものでもない。これは、洗練された批評家になりたがる人々に共通するアプローチである。代わりに、ホバック氏は、長年にわたってビットコインを支持してきた人々を、彼ら自身の目線で描いている。
すなわち彼らは、強引で浪費的な政府の手の届かない形のお金を地球にもたらしたサトシの贈り物の守護者だ。この観点における悪役は、ビットコインを嫌う銀行家として「Money Electric」の冒頭と最後に登場するJPモルガン(JPMorgan)のCEOジェイミー・ダイモン(Jamie Dimon)氏と、暗号資産に対してウォール街と手を組んだ進歩派の上院議員エリザベス・ウォーレン(Elizabeth Warren)氏だ。
一方、「Money Electric」の中心的登場人物は、個人、企業、さらには国によるビットコインの採用を推進する企業、ブロックストリーム(Blockstream)社に関わる人々だ。
ドキュメンタリーの冒頭では、セルビアの王子とエルサルバドルの大統領にビットコインの採用を説得する、自称ビットコイン大使のサムソン・モウ(Samson Mow)氏が登場する。
また、ビットコインの先駆けであるハッシュキャッシュを開発したことで有名なブロックストリーム社の創設者、アダム・バック(Adam Back)氏も登場する。
また、ピーター・トッド(Peter Todd)氏にもインタビューを敢行。トッド氏はバック氏の支持者で、ビットコイン開発の中核を担う人物だ。
また、「ビットコイン・ジーザス」で知られるロジャー・バー(Roger Ver)氏のような、暗号化技術の初期から影響力を持つ人物も登場する。なおバー氏は現在、脱税容疑で起訴されている。
さらに、ジャック・ドーシー(Jack Dorsey)氏のようなビジネス界の著名人もカメオ出演している。ドーシー氏は、暗号化技術への献身の一環として、自身の他の会社を「Square」から「Block」に改名したTwitterの共同創設者だ。
同ドキュメンタリーは、こうした長年のビットコイナーたちへのインタビューにより信頼性を高めており、暗号資産の進化における主要な出来事を簡潔に扱っている点でも評価できる。
具体的に言うと、ビットコインのアーキテクチャをめぐるブロックサイズ戦争、イーサリアムやアルトコイン(批判派からは「シットコイン」)の台頭、そして米国政府による業界の弱体化を狙った最近のキャンペーンなどだ。
「サトシ」を「暴く」、「Money Electric」は、他の暗号資産関連のドキュメンタリーとは異なり、膨大な制作予算が投じられた作品である。ホバック氏はマルタ、カナダ、エルサルバドルなど数多くの場所で撮影を行っている。また、ホバック氏はサトシ・ナカモトの正体を暴くという主張にすべてを賭けているが残念ながら、彼の賭けはほぼ間違いなく外れるだろう。
ホバック氏によるサトシの正体解明の試みは、適切な方向から始まっている。
ドキュメンタリーの冒頭で、ホバック氏はビットコインと最も関連が深いサイファーパンクの写真を見せ、彼らがサトシの最有力候補であることを示した。
その人物とは、ブロックストリームとハッシュキャッシュの生みの親であるバック氏、そして、ハル・フィニー(Hal Finney)氏、ニック・サボー(Nick Szabo)氏、ウェイ・ダイ(Wei Dai)氏など、古くからのビットコイナーにはおなじみの人物たちだ。
ホバック氏は、これらの候補者がサトシであるかどうかを評価するために、短時間で中途半端な調査を行い、その後、2016年にビットコインを発明したと主張する偽りの証拠を提出して暗号資産業界に登場したオーストラリアのペテン師、クレイグ・ライト(Craig Wright)氏にも触れた。
幸いにも、ホバック氏は騙されず、他の候補者たちに話を移す。「Money Electric」は、まず最初にサトシの候補としてバック氏に焦点を当て、次に同氏の弟子であり友人であるピーター・トッド(Peter Todd)氏に焦点を当てた。
トッド氏は、有力候補として挙げられてきた他の人物に比べてかなり若く、サトシがビットコインのホワイトペーパーを発表した当時、19歳か20歳であった。
ホバック氏は、トッド氏がサトシであるという主張を裏付けるために、2013年にトッド氏がジョン・ディロン(John Dillon)という名の不明の人物とビットコインの技術的アップグレードについて交わした電子メールを取り上げた。
この電子メールは2016年にリークされ、ディロンが米国の諜報員で、ビットコインに潜入するための計画の一環としてトッド氏に報酬を支払っていたことが明らかになったため、暗号資産界隈で少し騒がれていた。
しかし、ホバック氏はドキュメンタリーの中で、トッド氏とディロンは同一人物であり、トッド氏がアップグレードを推進するためにこの論争を仕組んだという説得力のある主張を展開している。
ホバック氏はこれを「エウレカ(eureka)」の瞬間と捉え、このことから、サトシとトッド氏の公開されたやり取り(トッド氏がビットコインの発明者を訂正しているように見えるもの)を、後者がサトシに違いないという証拠として取り上げている。
つまり、トッド氏は再び、自分の偽名を使ったメッセージに返信するという手口を使ったのだ。
ホバック氏は、この主張を裏付ける証拠として、このやり取りから3日後にサトシの最後のメッセージが送られたこと、そしてカナダ人のトッド氏の文章には、サトシの文章にも見られる英国式のスペル(colourやchequeなど)が含まれていることを指摘している。
ドキュメンタリーのクライマックスでは、ホバック氏がチェコ共和国の荒れ果てた城でバック氏とトッド氏にインタビューを行っている(なぜ彼らがそこにいるのかは不明だが)。トッド氏は自分がサトシであることを明確に否定せず、代わりに言葉を濁し、ホバック氏を優しくからかうような態度をみせている。では、サトシとは一体誰なのか?
・これらすべての事実をベースに、ホバック氏とHBOは「Money Electric」を、長年の時を経てついにサトシの正体を暴く暴露大作として宣伝しているが、彼らは宣伝の代わりに「ニューズウィーク」誌の教訓と思いこみが招くバイアスの危険性を思い出すべきだった。
ピーター・トッド氏がサトシではないという決定的な証拠は今のところ存在しない(ただし、そのうち出てくる可能性はある)。しかし、暗号資産の関係者の間でトッド氏の名前がサトシの候補として一度も挙がったことがないことは興味深い。また、この分野に新参者のホバック氏がビットコインの発明者と偶然にも出会う可能性も低い。
また、高校を卒業したばかりで、まだ注目に値する論文を発表したことのない人物が、ビットコインのホワイトペーパーのような複雑な文書を執筆し、その内容を実現するだけの高度な知識を有していたとは考えにくい。
さらには、徹底的に公の場を避けていたサトシが、ビットコインの生みの親を探るHBOの番組に出演するとも考えにくい。
ドキュメンタリーの中でトッド氏がホバック氏に「私たちは皆サトシだ」と語ったとき、ホバック氏はこれをビットコイン信奉者たちの陳腐な決まり文句として認識し、それ以上追求すべきではなかった。
しかし、ホバックの最大の過ちは、トッド氏に焦点を絞ったことではなく、サトシの正体に関するより説得力のある説を無視したことである。
この説は、オッカムの剃刀(「最も単純な説明が通常は正しい」という定理)とも一致する。このドキュメンタリーは、オリジナルのサイファーパンクたちに焦点を当てるという正しい方向で始まった。そして、サトシの探索はそこで終わるべきだった。
特に、ホバック氏がサトシ候補者として紹介しながら、説得力のある理由もなく却下したニック・サボー氏についてだ。
ホバック氏は、ビットコイン・コミュニティ内で長年ささやかれてきた噂だけでなく、説得力のある証拠の数々も無視している。この証拠には、ニューヨーク・タイムズの元ジャーナリストで、「デジタルゴールド」の著者であるナサニエル・ポッパー(Nathaniel Popper)氏の研究も含まれる。同書は、暗号資産の起源に迫る初期のビットコインの状況を克明に描いた作品だ。
ポッパー氏の取材は、明確にサボー氏がサトシだと示唆しており、サトシの文章とビットコインの発明者候補の文章を比較した回帰分析を行った学術研究によって裏付けられている。
この研究では、サトシとサボー氏(サボー氏も英国式のスペルを使用している)の間には驚くほど一致していることが分かった。
また状況証拠を重視するなら、ニック・サボー氏のイニシャルNSがSNの逆になっているという事実もある。
ホバック氏の考察は最終的に誤りであったが、それでも「Money Electric」は見る価値がある。このドキュメンタリーは(ほぼ完全にオンライン上に存在する)暗号化という現象を、洗練された情熱的な語り口で描いており、時系列や技術的な部分を伝えるのに必要な映像を巧みに使用している。
暗号資産の初心者に対しては、このドキュメンタリーはビットコインについて公平かつ正確に説明した説得力のあるストーリーを提供するものだし、暗号資産に長年傾倒してきた人々にとっては、彼らの文化について馴染みのある顔や共感できる見解を数多く提供するものだ。
またこのドキュメンタリーは、今後長年にわたってミームのネタとなる逸話のひとつにもなりうる。
※この記事は「あたらしい経済」がロイターからライセンスを受けて編集加筆したものです。
HBO doc reveals Bitcoin creator is Peter Todd—that’s wrong but ‘Money Electric’ is still a good watch
Reporting By Jeff John Roberts
Fortune via Reuters Connect
翻訳:荘日明(あたらしい経済)
画像:Reuters
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